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暑い昼下がり、清々しく晴れた空にセミの命がけの合唱がこだまする、夏。太陽がカアッとまぶしく照らした。
「あぁーつぅーいぃー。」
 地面付近に陽炎がゆらゆらと揺れる外を、ガラス越しに青年が一人のびきって見ていた。彼がいるのは店のカウンターである。本来食品を扱う店な上、お客が商品を予約しに来ることもあるため、冷房はバリバリに効いている…はずだった。昨日、冷房がぶっ壊れさえしなければ。今店の環境を支えているのは小型扇風機が二つと、氷が少量である。無いよりはまだましだが、あの別天地のような快適さはここにはない。
「う〜。蛇尾丸めぇ〜。絶対ぐるぐるKで涼んでるなーちくしょー」
 青年は黒い髪にこれでもかという量の汗をしたたらせ、使いにやった相棒を恨んだ。もっとも、使いにやった≠ニいうよりは逃げた≠フ方が近い表現なのかもしれないが。
「示記ぃ〜!只今ー!…って、大丈夫!?」
 逃げていた≠烽ニい使いから帰ってきた℃ヨ尾丸は相棒である示記の生気の無い顔に驚いて一歩下がる。茶色のサラサラとした髪は示記と同じく汗に濡れてはいたが、一度流れたような汗の跡が肌にあることから、示記の予測はあながち外れていなかったようだ。
「蛇ぁ〜尾ぃ〜丸ぅ〜。てめぇ付喪のクセに主人置いて一人逃げやがって〜!筆なんだから少しは無理して働け!?」
「筆だって暑いもんは暑いんです」
 蛇尾丸は筆の付喪神である。付喪というものは、物が職人の手で造られて十年以上経ってアヤカシとなったものである。現在では処分されたり、大量生産物との競争に負けたりして、数は少なくなっているものの、蛇尾丸のように人型に変化しながら根強く生きていた。
「それに、だてに使いに行っていた訳ではありませんよ、ほら」
 蛇尾丸はそう言って、片手に下げたなにやらアルミホイルで全面を覆われているような鞄から、白いものが立っている何かを取り出す。途端に示記の紅い瞳に生気が沸いた。
「ぐるぐるKのシャーベットフラッペ!」
 示記は目に留まらぬ速さで蛇尾丸の手からシャーベットを奪うと、どこから取り出したのかスプーンを片手にそのオレンジ色の塊をぱくぱくとテンポよく口に運ぶ。その状況を、蛇尾丸は半分ほど呆気に取られ、半ば呆れながら見ていた。
 数分後、店内では示記の超満足な姿と、示記のカップの片づけをして自分もフラッペを食べる蛇尾丸の姿があった。
「感謝してくださいよ〜?このフラッペお店の外まで行列出来てたんですよ〜。二人分買うのにどれだけ待ったか…」
 蛇尾丸はフラッペの冷たい塊を口に入れながら愚痴をこぼす。とたんに示記の顔が曇った。
「何言ってるんだよ!?元はと言えばお前が昨日酔っ払って冷房ぶっ壊したからこうなったんだぞ?」
「己(おれ)は食べ過ぎただけで、ミネラルウォーターと日本酒を間違えて買ってくる示記のほうに非があります〜!」
「そもそも吐きそうになるまで食うなよ!」

 ……ここで少し時間を戻しましょう。それは昨日の夜、示記は以前の事件の時に約束した『何かをおごる』ために蛇尾丸を連れて通りを歩いていた。蛇尾丸は結局そうめんを食べると言い、某そうめん専門店『すずきち』へ二人は入っていった。仲良くそうめんを食べ、いざ席を立とうとした瞬間チリンチリーンと小さなガラスの鈴の音がして、店員がスピーカーを持って現れた。
「皆さん、今晩は。今からサービス・チャンスタイムを催したいと思います。ルールは簡単だと思います。それぞれ六十四杯のわんこそうめんをどれくらいで完食するかを競います。優勝者には今まで食べて下さった代金は全てタダ、おまけに金一封が出ます!さあ、参加者は前へ!!」
 店の中にいた若い男性や引き締まった筋肉の女性が前に出る中、一人、すさまじいまでの闘志を燃やす者がいた。蛇尾丸である。
「示記!己行ってくるよ!おっしゃ、金一封ー!!」
そう言い放ち、さっさと前に並ぶ蛇尾丸を示記は止めることが出来なかった。
そして、ゴングが鳴り響いた。蛇尾丸はかなり頑張った。一気に6杯の差をつけながらぐんぐんと空の皿を積んでいき、最後の十杯は、
「筆をなめんじゃねー!!!」
と、暴言を吐きながら気合で食べきった。そして優勝した。因みに袋の中身は3万円だった。ここで終われば、蛇尾丸の武勇伝というだけで事無きを得ただろう。しかし、悲劇はここから始まった。一人前のそうめんと六十四杯のそうめんを一気に腹に押し込んだ蛇尾丸は帰り道体調を崩し、その場で蛇に変化してしまった。示記は直感的に水がいると判断し、筆で墨色のケージを作り、中に蛇尾丸を入れて、自分は最寄のコンビニ『ナイン・ロック』へ直行した。
マッハで帰ってきた示記は気づくことが出来なかった。買って来たのがミネラルウォーターではなく日本酒3・45カップ≠セということに……。そして蛇尾丸はそれを一気に飲んだ。とりあえず吐き気は引いたらしい。が、酒の効果は店に帰ってきた時に絶大な効果を発揮した。示記が冷房をつけた途端に蛇尾丸は敏感にテーブルから飛びのき、フーと警戒するような声を出す。
「この風は…!!出たな!怪人ヨンヨン!?めー!五十四勝三十六敗だからってなめんなよ!?今日こそ息止めてやるから覚悟しやがれぇ!」
なんか支離滅裂な言葉を吐いて、蛇尾丸は冷房に飛びかかった。
「やめろよ!寝ぼけてるのか?おい!」
「負!破!歯!とりゃー!1!2!3!だぁー――!!!」
 結局、この日の夜は長かった。

まあ、そんな訳で、示記と蛇尾丸の口論はいつまでも続いて、今でも続いている。
陽炎の立つ昼下がり、異変は静かに起ころうとしていた。セミの命がけの合唱が、ピタリと止んだ。




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