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「だいたい示記が!……ッ!」
「おい、どうしたんだよ?」
 今さっきまで口論していた蛇尾丸が急に周りを見回し始めたので示記には多少困惑が浮かぶ。

「示記、分からない?」
「分からないって、何が?」
「俺たちは道具でもアヤカシだ。同族の気配ももちろん分かるし、この気配は…」
「この気配は…って、あぁあ!?」
 示記は蛇尾丸の言ってることがよく分からずに外に目をやり、思わず叫んでしまった。セミが全て木から落ちて死んでいる。まるで落葉植物のように、無数の亡骸が地面に転がっていた。
しかし奇妙なのはセミだけではなかった。いつの間にか太陽は雲に隠れ、明らかにさっきまでの蒸し暑さが消し飛んでいる。それどころか、寒い。示記はキッチンへ行き、いつも室温を確かめるために使う温度計を持ってくる。すると、温度計はみるみる下がって行き、16℃≠ニいう夏場ではあり得ない場所で止まった。
「おい、これって…!!」
「うん。負力が異常に強い反応の結果だと思うよ」
 とまどう示記に、蛇尾丸ははっきりと断定した。アヤカシでもある蛇尾丸は特にこういう出来事にはかなり通じているために、なんだか不信感を漂わせていた。
「しかし、かなりの量だ。どうしてこんなに負力が溢れてるんだ…?」
 示記は温度計を置くと、辺りを見回しながら蛇尾丸に尋ねる。
「なあ蛇尾丸。その負力っていうのは主にどこから来る?」
「分からない。四方八方から気配がするんだ」

 負力とは生気と相殺しあう冷たいもので、そういうものは霊魂や墓、沼や神社など、発生する媒体が限定されるため、その太源も限定されるはずなのだが、蛇尾丸の言うことは果てしなく妙だった。二人がこの矛盾に首をかしげていると、カウンターのライトがフッと消えた。やがて、頭上から悲鳴が聞こえてきた。始めは蚊の鳴くように、ついには隣の工場現場の騒音のように。
そして天井から、黒い透けた塊がボトッと墜落した。二人が驚いて声も出ない間、透けた黒い塊は、じょじょに透けた体に色が着き、カウンターのライトも灯った。

 やがてその塊は立ち上がって、二人はその姿を見ることが出来た。白いこうべにナイトキャップのような帽子をかぶり、カラスの黒にも劣らぬ黒い服をまとっている。その黒い服に対抗するかのように服からは真っ白い手足が伸び、その手には紺色に光るつや消しの鎖鎌が握られていた。その姿は正に、『死神』と呼ばれるものに酷似していた。
二人と死神は、対峙する形で数秒、沈黙が流れた。

 示記は死神に話しかけようとする。が、その必要は無く、相手がおそるおそる口を開いた。
「あの…すいません。まだ私新入りなんで、飛び方にも慣れていなくって。あの…立川示記さんって知りませんか?私、その人に助けてもらわなくてはならないことをしてしまって…」
 死神の腰の低さと声の高さに少々呆気にとられながら、なんだかおろおろしている死神に、示記は少々小さめの声で話し掛けた。
「えーと…その。俺が示記だけど?」
 小さな声だったにも関わらず、死神は死角から何かが落ちてきたかのようにふるえて、それから真っ直ぐに示記を見る。穴の開いた目からは何も外見からは感じられないが、穴の輪郭がじょじょに歪んでくると、なんとなくだが死神が泣いているのが分かった。

 再び沈黙。そして、
「うわあぁぁすみませんすみませんすみませんっ」
 死神がしがみついてきた。
死神は絶叫しながら示記の足にしがみつき、再び謝った。
「すみませんすみません私が手を抜いたばかりにっていうか聞いてくださいあいつら酷いんですよって違います、いいんですよ私なんてああセラフィム様になんと言えばいいのやら全ての皆様に謝罪します親にも兄弟にも似ずに罪を犯してごめんなさいごめんなさいごーめーんーなーさーいー!!」

 今日も一日が長くなりそうだ、と示記はため息をつき、握った右手を斜め前へ突き出した。




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