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どこまでも、砂漠が続いていた。所々、岩などが突き出たその黄土色の世界は、時々舞い上がる砂埃によって、その景色を見る者に退廃的な感覚を抱かせるようであった。

そんな所に、少年はある岩の前に座り込んでいた。
少年は辺りに負けないくらいの茶色く、みすぼらしい服装で、顔も髪も砂まみれだった。今にも泣き出しそうに顔をゆがませて、目の前の岩を見ている。

岩には左から右に向かって、真っ黒い線が引かれていた――が、その線はまるで、何かに抵抗しているかのごとく上下にヘビのように動いている。
他の場所にも、練習したのだろう、沢山の黒い塊がうごめいていた。

少年が再び立ち上がろうとした時、背後で物音がした。
少年が肩を震わせて振り返ると、青年が微笑みながら立っていた。
銀の長い髪が風にあおられ、きらりと光った。
「師匠、ボク駄目です…。何度やっても『彼』は言う事聞いてくれません……」
少年は上目使いに、まるで悪いことを母親に告白する子供のように青年に訴えた。

「これはこれは、立派な『画』を作ったね」
師匠と呼ばれた青年は、少年の言葉を半ば無視して、コートの懐から短刀のような筆を取り出す と、さらりさらりと岩の余白に『竜』という字を書く。
するとたちまち『竜』の字は文字通り『竜』となり、少年の描いた『画』達を飲みこんでいった。

「どうしてボクは『彼ら』を上手く操れないんでしょう?やっぱりぼくは感性が全く無いのでしょうか……?」
少年は不安を言葉にした。
「いや、一週間で場所を固定できるようになったのは素晴らしいの一言に尽きるぞ。本当におまえは感性がある。」
師匠は笑いながら、少年の真っ黒いザンギリ頭をくしゃくしゃっとなでた。

「しかし、まだお前には経験が足りない。それに、ここもね。」
少年は照れ笑いを潜めて、指をさされた自分の胸の辺りをじっと見た。師匠の言った言葉の意味が分らなかったのだろう。戸惑っている少年に師匠はいつもよりわずかに真面目に、少年の肩に手を置いて、言った。
「まず、ね。『字』は車や自転車などとは違う。『操る』ものじゃあないんだ。『言霊』は何かしら意味を持っていて人を、使い方によっては、殺めてしまう事だってある。」

「『彼』達は私達が操ってはいけないし、振り回されてもいけない。私達は『彼』らのことを理解し、尚且つ、それを『使わせて』もらわなければならない。」

「だからね――示記、これだけは覚えておいて欲しい、君はいずれ一流の画文字技師になるだろう。
でも、これだけは覚えていてね――『彼』らをむやみに使ってはいけない。」

「示記が身も心も成長した時に――『彼』らを一番理解した存在になれたら――遠慮せずに使いなさい―――」


爽やかに光る銀髪の中の、濃紺の瞳が、揺れていた。



「う―――。」

ピピピピッピピピピッと規則正しく鳴る時計を裏拳でぶっ飛ばしながら、示記は布団の中にもぐっていった。
でも起床時間ということは認知していたらしく、のそのそと布団から這い出した。
黒のザンギリ頭が、これでもかというくらい寝グセを形成していた。示記は寝着のまま、洗面所で顔を洗い、寝グセを手櫛と気合いで直す。

(師匠の夢なんて何ヶ月振りだろう)
鏡に写る自分に示記はつぶやく。と、その時、階下でプルルと電話が鳴った。
示記の家は一回が店になっており、その上に家があるという仕組みになっている。つまり、一階で鳴る電話は商品――ピザの注文に他ならないのである。

 こういうときの十秒は長い。示記は放たれた砲丸さながらに、身だしなみを瞬時に済ませると、 店のエプロンをして、一階につながる階段をマッハでかけおりる。時計をちら見すると、まだ五時三十分だ。
(おかしいなー。まだ受付じゃないのに)微妙に疑いながらも電話に出る。
「はい。こちら、ピザ・ラットです。ご注文はどれに致しますか?」
示記はまるで前に人がいるかのように営業スマイルをしている。
紅い瞳が爛々と光った。
しかし、電話の相手は奇妙な言葉を口にした。

「…ピザ、5分の7カット」

其れを合図に営業スマイルが消える。
次に現れたのは、示記の、きりっとした真剣な面持ちだった。
「ご依頼ですね?宜しければ、日暮団地二九八番まで来て下さい」



彼のもう一つの顔・・・画文字技師の仕事が今始まる。




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